第14章 過去
年が明け、あたしとお母様は、松の間と呼ばれる和室へと向かった。次期当主の婚約者として、正式に五条家に挨拶をするためだ。
悟くんが言うには、形式的なものだという。婚約の儀に向けての流れの一つ。だからそんなに肩に力入れなくていいと言われた。
とはいえ、そう言われて、あーそうですかとリラックス出来るのなんて、きっと悟くんだけだ。あたしとお母様は朝から言葉少なめ。緊張してる。
というのも、松の間は五条のお屋敷の中でも格調高いお部屋。思い起こせば、悟くんの遊び相手を勤めると初めて名を名乗ったのも、この松の間だった。
お母様に、大きな声ではっきり言いなさいと言われて、正座して畳に手を付き、お腹にぐっと力を入れて声を発したのを覚えてる。
「みことゆうなぎでございます。このたび、ごえんをいただきまして、ごじょうけにおせわに――」
悟くんはそん時もリラックスした様子で、挨拶なんてつまんねーって顔して「ゆうなぎ」っていきなりあたしを呼び捨てにしたかと思うと、池まで走らせて落としたんだけどね。