第13章 幸せのピース
「夕凪……」
気付いたら、名を呼んで、正面から彼女の事を抱きしめてた。背中に手を回し腕に力をこめる。
彼女は少しだけ困惑してる。あんまりこういう衝動的な事ってしねーからな。けど、今日は体が勝手に動いてしまう。
変わらない優しい花の香りが夕凪の髪から漂って鼻腔の奥が刺激される。
柔らかい髪の間に指を入れて肩を抱く。彼女の鼓動が速まっていくのが腕の中から伝わる。今ここにいるって実感する。
「なぁ……もう、どこにも行かないよな?」
声になってねぇような声が出た。夕凪は少し間を置いて反応したから、かろうじて聞き取れたみたいだけど。
「うん、もうどこにも行かない」
「連れ戻せてよかった。もう一回ここで言うわ。オマエが好き――この部屋が原点だったんだろ? あの盆の夜、抱き合った時、言ってなかったもんな」
夕凪に原点だったと言われて、ずっと告ればよかったと後悔してた。言わなくても伝わるだろとか、もっと他の言葉があるだろとか、分かりにくい事してねーで。
今頃好きとか、ダッセーって思うけど言わねーよりましだよな?
「……ちゃんと気持ちは伝わってた。ごめん、ごめんね、変な屁理屈言って」
もう一度夕凪を抱きしめる。初めて夕凪を抱きしめて心が通い始めたあの盆の日みたいに。
そっと、優しく、大切に……。
どれくらい抱きしめてたんだろうな。冬にも関わらず室内のエアコンが熱く感じるくらいだ。腕をほどいてゆっくり解放する。
「今、この瞬間を新たな原点にするね」
婚約者は可愛いらしい笑顔を見せた。僕はもう二度と夕凪を離さないし、夕凪も離れることはないだろう。
五条の遺言書通りの愛を、もう一度、僕らは誓い合った。