第13章 幸せのピース
二の足を踏んでるあたしを見かねたのか、悟くんが一歩こちらに近付いてあたしの顔を覗きこむ。
「夕凪、オマエは使用人の娘じゃなくて、五条の遺言書に記されてた婚約者なの。いなくなったオマエを僕が探すのも当たり前。オマエがいなかったら僕は誰と婚約すんの? ただいまでいいんだよ」
「……うんでも……この子はどう説明すれば」
「説明も何も、僕らの子じゃん。僕らは遺言にあったように、長い年月かけて "純度の高い深い愛" ってやつを育んで、それで宝が生まれたんだろ? それは普通の恋愛感情とは違うだろ?」
「あたしが悟くんを思う気持ちは特別だと思う。うまく言えないけど、自分の一部みたいにいつも存在してて離れられない感覚。この子を授かった時も強く愛してた」
「だろ? 僕も同じだから。遺言の秘術が嘘じゃねーなら100パー術式も持ってる。祝福しねぇ奴なんて、屋敷の中にひとりもいねーよ」
もう一度頷き、悟くんに背中を押されて、宝を抱いて歩き出す。ただいまって、心の中で発生練習をしながら。
悟くんが先にお屋敷の門をくぐった。
「ただいま。婚約者、連れ戻してきた」
彼に続いて門をくぐり、小さく一言つぶやく。
「ただいま」
けど、蚊の鳴くようなその声は、おそらく最初の、た、すら聞こえなかっただろう。残りは完全にかき消されてしまった。
「夕凪!」
「おかえりー」
大勢の出迎えの声と、歓声と拍手。宝はびっくりして今にも泣き出しそうだ。これまで静かなところにいたから無理もない。
抱っこしながらトントンしてなだめる。そこには歓迎という言葉がふさわしい光景が広がっていた。
あたしを探していたという分家の方も何人か来られていて、あたしに向かって会釈してる。
嘘でしょ? もっと深いお辞儀で返さなきゃと、慌てて前屈みになると、しなくていいと悟くんに言われた。