第10章 別れ
「遺言に書かれてた婚約者は夕凪だよ。僕は夕凪以外考えていないし本家もそう。夕凪は大切な五条の宝なんだ」
「え? 何を仰って……そんなはずは……夕凪が婚約者? まさか。あの子はじゃあ、何を……何を見たの」
「僕が聞きたいよ、ちょっといい?」
夕凪の母親を連れて離れに移動する。夕凪から聞いた話をすべて話してくれと頼み、じっくり話を聞く。
アルバムを片付けようとしたら、遺言書を見つけてしまって、誘惑に勝てず見てしまったこと。自分が婚約者だって期待してたけど、婚約者じゃなくてショックを受けたこと。僕が遺言に同意するって話を当主としてるのを聞いてしまったってこと。そして僕の側にいたいから五条家にいるってそう決めたってこと。
そういうことか。
夕凪はとてつもなく大きな勘違いをしてた。ひとつのほつれ糸からすべてほどけていってしまうような、歯止めの効かない勘違い。
そして僕も勘違いしてた。僕は夕凪の気持ちが変わってしまったんだとずっと思い込んでた。けど、逆だ。
夕凪は何も変わってねぇー。今も、きっと僕のことが好きだ。そうだよな? だから別れるなんて言ったんだよな?
夕凪は僕や五条家を優先して自分の気持ちを後回しにする健気なやつだ。離れている今もきっとそう。僕や五条家の事を思ってる。知ってた。知ってたのに、側にいたのに気付かなかった。
「夕凪は必ず探して連れてくるから、そしたら婚約者の同意をもらうけどいいよね」
「でも……」
まだ夕凪の母親は何か言いたそうにしてる。
「あの子は勘違いして出て行ったんだとしても、五条家に迷惑をかけたくなくて、それでひとりでやろうとしてるんじゃ? 夕凪の願いは、五条家に戻ることじゃなく、ここを離れてひっそりと目立たなく暮らしていくことなんじゃない? だから、坊ちゃまにも私にもこんな置き手紙を残して去って行ったんじゃないでしょうか?」
「夕凪が五条家から離れたいって? それはない。夕凪は僕と幸せになりたいんだ。そして夕凪はさ、五条家のことも大好きなんだ」