第10章 別れ
次の日も夕凪は帰ってこなくて、僕は念のため高専に行って寮に戻っていないか確認した。
寮長が知る限り夕凪が戻ってきた様子はないとのこと。硝子と七海にも聞いてみるけど同じく見ていないって返事。他の人間には絶対に漏らさないよう告げて、硝子と七海に夕凪の情報を見たり聞いたりしたら連絡をもらえるようお願いした。
高専に行ったついでに夕凪の退学手続きをしに先生のもとへと向かう。任務の割り振りがあるからこのまま放っておけば夕凪と連絡がつかない事がバレて、いなくなったことが本家の耳にも入るだろう。
先生には体調を崩して親戚のところで療養しており、呪術師を続けるのが難しくなったと説明する。もろもろの手続きを僕が代行して、夕凪は呪術師を辞めた。
寮にいても校舎にいても夕凪の残影がちらつく。高専の階段の上に立つと、星漿体の任務でボロボロになって戻ってきた僕を、ぼうっと見て、立ってた夕凪を思い出す。
初めて夕凪が僕に好きって大好きって気持ちを伝えてきた日。あの時の姿は今も目に焼き付いてる。硝子も傑もいたのに、構わず僕の事を愛してますって言って。
ひょっとしたら今頃、離れに戻ってんじゃねーかとか思って、五条の屋敷に行ってみるけど夕凪はいない。
「悟くん!」
後ろから駆け寄って来たような気がして振り返る。あまりに当たり前にいつも近くにいたから、屋敷の中を歩いてたら、あの栗色の髪が揺れているのが見えたような錯覚を起こす。
僕の好きな髪の色。離れに近づくと優しい花の香りがふわっと漂ってくるような感覚が蘇る。今も鼻腔の奥に残る夕凪の香り。
空気みたいな存在だってのは前から思っていたけど、いなくなってみて、なくなってみて、それはしっかり在ったんだと、僕の心の深いところに存在していて、それが僕にとって大切なかけがえのない代わりのきかないものだったんだって知る。
夕凪と過ごした13年はあまりに長い年月で、何処にも夕凪がいないっていうのは、僕の見えるところにいないっていうのは、まるで体の一部をもぎ取られたような、不完全で不自由な僕になってしまったみたいな、いつも何かが足りないような……そんな空虚感に襲われる。