第10章 別れ
そんなある日、衝撃的な事が起きた。
ゆうなぎ……
直径100メートル以内で誰かがあたしの名を発している。書の練習をしていたのに、呪力が術式に流れて誤作動を起こしてしまったようだ。
まだこの音波を拾う術式の扱いに十分慣れていない。文字に集中するあまり、チカラがそっちに向いてしまったのだろう。
書の途中だったけど、名を呼ばれてる事が気になって、じっとしていられなくて、あたしはその声音の波形の元へと近付いて行った。
離れから本屋敷に移動すると、また、ゆうなぎっていう声が聞こえる。うろうろしてみる。大広間から客間、縁側、使用人が住込みしてる一角、茶室、厨房、廊下を歩いて仏間まで歩く。
「ゆうなぎ…どうだ」
仏間に来た時、声が聞こえた。え、まさか……声の主はオバケだった? 気味が悪くて、そろーっとそこから出ようとしたけど、よく考えたらあたしが絞れる音波は人間の声。オバケなわけがない。
「夕凪は変わらずだよ」
はっきりと聞こえた。この声は知ってる。あたしのよく知ってる彼の声。
「遺言は計画通り…いってる…だな」
「話し合ったとおりギリギリまで夕凪には黙ってるよ」
「うまくいき…うか?」
彼の声ともうひとり、男の人の声。ところどころ途切れてうまく声が拾えないけど、内容からして、この位置からして、きっとこれは当主の声だ。悟くんと当主の会話。仏間の奥には当主の部屋がある。
「この一年、五条家としても手を尽くしたが…れで、わか…てもらえるといいが」
「夕凪は鈍いけど、それはさすがに感じとってんじゃないかな」
え? 今、当主は、別れてもらえるといいがって仰った? 悟くん、あたしが鈍いってどういうこと?
遺言の話、婚約者の話をしてるっぽい。これは聞いちゃいけない話のような気がしたけど、あたしの名前が出てきてここまで聞いたら、最後まで聞かずにはいられない。
部屋の強力な結界のせいか当主の声がハッキリ聞きとれず、呪力をさらに上げて術式に流し込んでみる。