第10章 別れ
今日の奥様の付き添いは書の先生のところだ。筆文字アートとかいうものに奥様はハマっているらしい。
ドングリがふたつ並んだ絵ハガキに「いつもありがとう」と筆で書いていらっしゃる。ドングリに顔が描いてあってまるで当主と奥様みたいだ。この葉書は当主に渡すのかな?
悟くんのご両親は実に仲睦まじい。当主はいつも優しい目で奥様を見てらっしゃる。そりゃそうだよね。お美しいだけでなく内面も可愛らしい方だ。
当主が使用人に手を出すとか、ほかの御三家では ”あるある” な話らしいけど、そんなゴシップ、五条家では聞いた事がない。
奥様の筆文字アートにため息混じりで感嘆すると、書の先生と目が合った。
「奥様の文字には思いがこもってらっしゃいますからね。書には特殊な力が宿ると言われています」
「それは、なんとなくあたしにもわかります。以前、大切な人に ”死なないで” って思いを文字にしてお守りに入れたんですけど、その人を守ってくれたことがあって」
「呪術師は特にあるかもしれないですね」
書の先生は五条家とは長い付き合いで、呪術の事もよくご存じのようだった。歴代の五条の奥様たちの書も残っているとかで見せていただく。個性があってそれぞれに美しい流れるような文字だ。
「素敵……」
「練習してみます?」
いや、いいですとは答えにくい流れ。筆ペンで名前を練習してみる事になった。筆ペンを握るのは何年ぶりだろう。小さい時、よくこれで誰かさんに顔を落書きされた! 思い出すのはこんな事ばかりだ。