第6章 キスの味
なぁ、夕凪? 俺さ、死に際で何見たと思う?
意識が遠のく直前に、仁王立ちして立ってる夕凪が見えてさ。エメラルドグリーンの蛙みたいな着物着てるすっげーちっちぇー夕凪。多分、初めて会った時のオマエ。俺が見つけたオマエ。
名前とかまだ知らねぇはずなのに「夕凪」って呼びかけた。そしたら口尖らせて餅みてぇな顔して怒ってたのに急に泣き出して。
「悟くんいるよね? 明日も明後日もいるよね?」って。俺は「そういう顔はブスだから笑え」って何回も言うのに全然聞かなくて、ずっと泣いてて。
「まだ喋る事ができなくてお父様には好きって言えなかった。言えないまま死んじゃった。でも、今は言えるのに言ってない」ってわんわん泣き出して。俺はお父様じゃねーのに。
その小さい夕凪がさ、泣きながら俺んとこ来て、倒れてる俺の手を掴んで起こそうとする。8歳くらいのオマエが必死に人口呼吸してきて、うまく息が入らないって言ってまた泣くの。
小さなオマエがこんなデカイ俺を必死で起こしてて「池まで競走しよう」って引っ張る。俺に勝てると思ってんの?
そんで、その手は、よく見たらこの間、指をからめて繋いだ今のオマエの手になってて、起こされた俺は、お盆の時の着物のオマエに抱きしめられてて、花の香りが漂ってきて。
まだ髪をひとつに束ねてた時のオマエが、全校生徒の前で、悟くんは宝物だって大きな声で言ってて、俺の好きな可愛い笑顔で笑ってんの。
それ見てたら急に思い出したんだ。俺が高専に来る前に、車の中で広げた薄紙。「悟くん死なないで」って書かれた文字。
その時俺は一切の反撃を諦めて、全神経を反転術式に注いだ。今まで一度も出来たことなんてなかったのにその時、出来るような気がした。
夕凪の奥に呪力の核心を見た。オマエのとこに戻んなきゃって思った。気づくとズタボロになってた体が元に戻っていて、頭にぶっ刺されてた傷も治ってる。
ハイテンションになるくらい、高揚した。俺を襲った敵を殺しに盤星教本部へと向かう。
――天上天下、唯我独尊
身体が信じられないくらいの心地よさに包まれて、赫と茈を繰り出し、奴を葬った。