第6章 キスの味
けど、全然動く感じがしねぇ。夕凪の呪力はそのままそこにある。少しそれが移動したのを気取ったが、それは部屋の入り口に向かうんじゃなく、俺の方に寄ってきてる。
俺はゆっくりと目を開けた。夕凪がそこに、すぐ側にいるのはわかっていた。穏やかな海のような深碧の瞳。その視線の先に俺がいる。ただじっと俺を見てる。
薄暗い保安灯の橙がぼーっと夕凪を照らし出す。瞳の奥は軽く揺らいでいてそれは今まで見た事のない顔だった。
引き寄せられる。そんな感覚だった。俺の中の衝動と相まって彼女の方に身を寄せる。
「夕凪……」
見つめながら名を呼んだ。初めて見るその顔は何を意味するのか、名を呼んだらどんな反応をするのか知りたかった。
何? って聞き返すのか……
ハッて我に返ったように真顔になるのか……
何も言わずに離れるのか……
照れて笑うのか……
慌てて視線をそらすのか……
答えは、どれでもなかった。俺の予想は全て外れた。夕凪は扇情的な表情をしてさらに顔を俺に寄せてくる。芳しい花の香りが増す。
それはゆっくりだったのかもしれねーけど、俺も同じように夕凪に寄って行ってたからあっという間にすぐ近くまで俺たちは迫って、互いの鼻先が触れそうになる。