第2章 ただそれだけ
五条家に来たばかりの頃、おトイレが怖かった。お屋敷の隅っこにあって昼でも暗いオバケが出そうなトイレ。
だからあたしはいつもお母様と一緒にトイレに行っていた。
でもその日は、五条家の祀り事があってお母様はとても忙しそうで「ひとりで行ってらっしゃい、もう何回も行ってるでしょ」って叱られる。
他の大人達もみんな慌ただしく廊下を行き来していて誰もあたしの言う事なんか聞いてくれない。
あたしは、おもらししそうで泣きそうになって、柱の陰でうずくまった。おトイレ行きたいけど怖くて足が向かない。
そしたらあたしの背中を誰かが摘んで、あたしは宙ぶらりんになって、文字通りゆらゆらと運ばれた。こんな事するのは一人しかいない。悟くんだ。
「オバケなんかより呪霊の方がよっぽどきっしょいだろ」
「オバケ見たことあるの?」
「ねーけど」
そんな事言ってあたしをおトイレまで連れてきてくれた。もう限界で漏れそうで、悟くんそこにいてね、って言って恐る恐るおトイレに飛び込む。用を足してる間も怖くて仕方ない。
「悟くん!」
返事がない。
「悟くん! いるよね! 悟くん!」
「いねぇ」
そんな会話を5回くらい繰り返してあたしはおトイレから出てきた。
それからお母様が忙しい時は悟くんにおトイレに着いてきてもらうようになって、毎回、いねぇって言うんだけど、ちゃんと出てくるまでそこにいてくれる。
何回目かのおトイレで「悟くんいる?」ってあたしは聞かなくなかった。