第2章 ただそれだけ
ある日、そんな異様な術式の気配が学校内を黒い嵐のように駆け巡った。
これに気付いているのは、多分あたしと悟くんだけだ。呪力が見えない学校の非術師のお友達は何も感じない。
反射的にちらと窓の外を見る。
「あれって帷ってやつだ。何事?」
学校のすぐ外には悟くんの護衛係が数名付いてるはずなのに、見当たらない。やられちゃったの?
よく見ると、校庭の隅の大木に矢が何本か刺さっている。そしてその近くに
……悟くんがいた。
見た瞬間、席を立つ。あたしはたかだか9歳だ。状況を把握するなんて出来ない。ただ不安でいっぱいになって勝手に体が動いて教室を出た。
先生はあたしのスピードに追いつけないからきっと追う事は出来ないし、今は怒られるとか考えてる場合じゃない。
悟くんの元までひたすら走る。池まで競走させられていた日々のせいで、足はかなり速く動く。あたしの足、お願いだからもっと急いで!
何かあったら連絡しろとだけ五条のおうちからは言われてる。そのために携帯も持たされてる。でも連絡してもきっと間に合わない。
悟くんは呪術界の唯一無二。尊い存在。悟くんを守らなくちゃ。
勝手にそう思う。それはきっと、五条家に住み込むようになった時から、使用人の娘として仕えるようになってから、少しずつ少しずつ、あたしの中に植え付けられてきたものだと思う。
でも、今、あたしが走ってる理由はそんなんじゃない。
一番あたしを動かすのは……そんなんじゃなくて……
悟くんがいなくなったら嫌。
そんな気持ち。
悟くんの事は好きじゃないけど、嫌いだけど、明日も明後日もこれからもずっといるよね?
走ってる間に悟くんのことを思い出す。なんで今こんな事を思い出すのかわからないけど、急に頭に浮かんでくる。