第6章 キスの味
――静かな時間が流れる。
何も話さないとこんなに寮って静かだっけ? ってくらいに音がしない。しないような気がする。悟くんとふたりだけの部屋。
悟くんは寝顔を見られるのが嫌みたいであたしに背を向けて壁の方を向いた。寝たかどうかわかりにくいけどギリギリまで様子を見ることにする。
鴉雀無声(あじゃくむせい)
そんな言葉がふさわしい。烏や雀の鳴き声さえも聞こえない、静まりかえった様子を表す四字熟語。壁から伝わる生活音も感じられないから隣は空室なのかもしれない。
あたしはペタンと床に座ってベッドの縁に腕組みするように両腕を掛け右肘に頭をもたげた。悟くんの広い背中が目の前に見える。
ふと悟くんの背中を抱きしめた時の感触を思い出した。ガッシリしてて筋肉が思った以上にあって男の人だなぁって感じた背中。
その背中に触れたいと、もう一度抱きしめてみたいと思う。だけど、あんな返事をしたあたしがそんな事出来るわけない。
悟くんが着ている白いTシャツの背中が保安灯で橙の光に染まっていて、薄暗くて、見ていたらこっちまでうとうとしそうになる。少し瞼が落ちかけた時、その背中がくるりと向きを変え、悟くんがこちら側を向いた。
目は閉じたままだ。綺麗な白いまつ毛。暖色の光に当たってもそれは美しい白い束のままでふさふさと目を覆っている。
思わずまじまじと見てしまう。さらりとした前髪。整った鼻梁。まるで強力な磁石で引き寄せられたかのように、目を瞑っている悟くんの顔に添うように自分の顔を向けてしまった。
起きちゃうかもしれないって思って呼吸がかからないよう少し浅くする。
――ずっと見ていたい、このままずっと。そう思う。
悟くんを見れば見るほどに、あたしの中で抑えきれない衝動が湧き出てくるのを感じた。こんなのいけないって思うけど、好きって伝えてないくせに駄目って思うんだけど、目の前にある形のいいその唇に触れたくなる。