第9章 lure(咬魚の誘惑)
「契約っ…?」
怯えるようにユウの瞳が揺れた。
何を考えているか探るように見ても、ジェイドの感情を読み取ることはできない。
それにしても距離の近い。
普通、相手の吐息が感じられる距離まで接近されたら、ラブロマンスの一つでも始まるかと思うが、彼とだと動物の捕食シーンへ切り替わってしまうのは何故だろう。
人ではない彼の透き通るような透明な肌。彫刻のように細部まで整った顔、蜂蜜を溶かしたようなオリーブとゴールドの瞳が宝石のようにキラキラと輝いている。
ー本当に美しい男だ。
その美しさで、内に秘める獰猛さを覆い隠し
人間を海の底まで引きずり込む人魚という種族。
目の前の怪物に飲み込まれないように、
ユウはゴクリと固唾を飲み込んだ。
「貴女の歌声には、特別な力があるようだ…。
アレは魔法ではなかった。
そうなると、異世界の力なのでしょうか?
どちらにしろ、僕はソレにとても興味がある。
ぜひ、貴女を観察させて欲しい」
(観察っっ?!)
「僕にもまだ分からないことばかりで…。
なので、知りたいんです。
…もっと、ユウさんのことが」
まるで実験体のマウスになるような提案だった。
彼が何故、私に興味を持っているのかがまるで分からなかった。特別な力なんて、この世界に来て感じたことがない。
「あの…。私、魔法も使えないですし、
特別な力なんて持ってないですよ…?」
「観察した結果、そういう結論に辿り着いたのなら僕も納得します。
ただ、確かめる前から
決定してしまうのは時期早々かと」
「はあ」
「ふふっ。興味を持ったことは、
とことん調べたくなるんです。
…研究熱心なもので」
「ちなみに、どのくらいの期間でしょうか?」
「僕の気が済むまで、ですかね」
「はひ?!」
「対価としては、そうですね。
僕の好きに観察させてもらうかわりに
貴女が元の世界に帰るまで、
外敵から身をお守りしましょう」