第5章 No(契約なんて致しません!)
「ふふふ…。
祈っても意味などありませんよ、ユウさん」
「え……?」
通り過ぎようとする瞬間に、声をかけられた。
悪魔の双子と呼ばれる、フロイドの片割れ。
…ジェイド・リーチだ。
小柄なユウの身長では、
彼の寮服の胸ポケットしか見えないので、
いつもグイっと顔を上げて、その瞳を見る。
視界に入るのは、
心の底で
いつも美しいと思っているターコイズブルー。
目に乱暴に飛び込んでくるのではなく、それでいてさっぱりとしてやさしく残る…そんな深い海の色。
「…そんなに彼の無事を祈るなら、以前と同様に
アズールと契約されるのはいかがですか?」
「あの、どうして私がお祈りしてるって
分かったんですか……?」
一瞬ふむ…と言ったように顎に手を添えて、
いつもの笑顔を見せたジェイド。
「…人魚という種族は
人の心を読むことができるんです」
(うえぇっ!?……急に何を言い出すの?
何かの冗談に決まってる……)
「僕の顔が冗談を言っているように見えますか?
…悲しいです。しくしく」
(また考えを読まれた!まさか、本当に……)
「………そう怯えないで。
取って食ったりは致しません」
ジェイドの指先が頬に触れ、はっと息を呑む。
いつの間にか自分が震えていることに
気がついた。
「う、嘘です!…そうだったら
フロイド先輩やアズール先輩だって
同じはずなのに、
フロイド先輩なんて、いつも
他人の心境ガン無視ですもんっ…!!」
ですもん…ですもん…と山にこだまするように、その場の全員の頭でユウの声がエコーした。
シーンとした静寂な瞬間は…
アズールが「ブッ」と噴き出す音で破られる。
エーデュースは(ここで笑ったら命に関るッ!)と必死に笑いをこらえて顔面が大変なことになっていた。
「………………おい、小エビ。絞めんぞ」
「…ひぇっ(理不尽ッ!)」
フロイドの瞳孔がカッ開き、肩に手をあててフラフラとこっちに向かってくる(ような気がする)。
…死んだ。
反論するために、つい本音を言ってしまった。
来世では長生きできますように。