第18章 Broken(抜け駆けナシ・恋愛協定は破られた)中
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その日、朝からオクタヴィネル寮は異様な雰囲気に包まれていた。
「~~~~♪」
海の底で響くテノールの声。
闇の鏡から繋がる海底の寮内では、他寮に比べて海や水に関係する種族の生徒が総じて多い。寮長であるアズール・アーシェングロットを初め、副寮長のジェイド・双子のフロイドは今は魔法薬で人の姿をしているが、本来は人魚の青年である。
人魚と言えば一昔前の伝説として、その美しい歌声で船乗りを誘惑して海に引きずり込む逸話が有名だが、その話が有名故に長い間、人間たちの間では”シー・モンスター”と侮蔑を含んだ忌み名で呼ばれていた。(そういった人魚は、陸に憧れを持った好奇心旺盛な雌か、イタズラ好きの稚魚が大半なのが海の世界の本当の話だ。雄の人魚は決して自分達からは手を出さず、陸の世界よりも守るべき番や家族を何よりも大切にしていた)
長い歴史を経て人魚と人間たちの歩みも変わり、そう言った誤解は少なくなった。とは言え伝承や警戒心は少なからず互いの種族同士に残っている。
なので、人魚の歌声ーもとい副寮長ジェイド・リーチの機嫌がいい歌声が聞こえる度に、オクタヴィネル所属の人間(ヒューマン)の生徒達は肩を揺らし、内心おっかなびっくりで心臓をバクバクと震えさせていた。
「な。今日の副寮長、めっちゃ機嫌よくね?」
「うわー。鼻歌歌ってるとことか、初めて見たかも」
「……お前ら。怖くないか?
人魚の歌声ってオレ初めて聞いたけど……、人間を魅了する力があるんだろ?」
「うっわー。それ種族差別だかんね?
今の時代にそんな事言うの古臭さ過ぎだろ。…そんな差別発言いう奴なんてこの学園には……あ、いたわ」
「「セベク・ジグボルト!」」
「やめろって!一緒にすんなって!
女の子に向かってさすがに人間呼びせんわ!」
バシっとふざけて級友の肩を叩き合う寮生たちは、歌声の主に気づかれないように歩みを進める。
「女の子って言えば、聞いたか…?
監督生の話。各寮長たちが牽制し合ってたきたボーイフレンド協定がついに破られたみたいだぜ!
俺、ダメ元で一回告ってみようかな…。モストロのバイトで何回か話したことあるし…」
「マジッ?!…てことは、男しかいないこの地獄みたいな空間の中で、彼女が出来るかもしれないってこと?!しかも、あのユウちゃん?!……オレもイクわ。骨は拾って」