第16章 Hecate's tears(ヘカテーの涙)
ワンダーランドの夜空は美しく壮大だ。
まるで銀河系のように惑星が見えることもあるし、星座達が楽しく話しているように動き回る。キラキラと輝く星達を見ると、自分が異邦人だということが嫌になる程思い知る。
ラウンジからわざわざ遠回りして、オンボロ寮の玄関まで送り届けてくれたヴィル先輩にお礼を伝えた。「しょ、食後のウォーキングがてらよ」と言ってプイっと顔を逸らす仕草が、なんともキュートで(あの美しき女王にキュートなんて!)ついクスクスと笑ってしまった。
そのお返しがこれだ。
「See you in my dreams.(夢で逢いましょう)」
チュ。
……やられた。
ヴィル先輩の絵画のような顔が目の前に迫り、思わず目をつむる。そっと私よりも何倍も大きな手で前髪を掻き上げられたかと思ったら、おでこに柔らかい感触を感じた。
(キスされたッ?!)
つま先から脳味噌まで一瞬で熱が燃え上がった。羞恥にもだえ、目をぐるぐると回す私を、今度はヴィル先輩がそれみたか!とフンと鼻で笑って、映画俳優顔負けのロマンティックな台詞を残して去っていった。
魂を抜かれた私は、唖然として回復するのに数秒かかった。その間、華奢に見えて引き締まった先輩の背中を眺めながら「……カッコイイ」と、虫が死んだような声で囁くのがやっとだった。
◆
どおん。ばたん。
私が持てる限りの全体重と全疲労感をゴージャスベット(グリム命名。オンボロベットに泣いていたらレオナ先輩がくれた)にぶつけると、脳内で想定していた音よりも現実は「ギギィー」と無機質な悲鳴を上げた。
もうすでにグリムは夢の中。
今日あった出来事に気持ちがが処理できず、未だモヤモヤと胸の中で闇の巣を張る。
質素な部屋では、窓から射す月明かりだけが唯一の慰めだ。
「ハアー」
冬の大三角が恋しい。
真冬で息を白くしながら、ああでもないこうでもないと兄と
天の川を指さして笑い合った日々を思い出す。
ワンダーランドに来てからだいぶ時間が経った。
日本ではいまどんな季節なんだろうか…。
家族は、兄は、どうしているだろうか。
私がいないと料理一つまともに出来ない人だから、帰ったらまず家の掃除から始めないと………。