第11章 繋ぎの風は捕らわれ影はひそむ
「………あ。」
「あ?」
猪野のその一言で私は彼に言っていないことがあることを思い出した。
「そう言えば私悟と付き合ったよ。」
齧られて白く染まったりんごを見つめながらそう呟いた。1秒、2秒、そして3秒の沈黙後猪野は口を開いたかと思えば叫んだ。
「…っはぁ!!?!?!?」
猪野の驚く声があまりにも大きくて私は思わずリンゴを布団の上に置いて耳を塞ぐジェスチャーをした。
「いやっ、わりぃ…でもそうか、そうだよな…あの人が何もせずいるわけないもんな……そりゃそうだよ、よく考えたら両思いだったわけだし、っていやいやお前ら甘酸っぱい青春送りすぎだろ、片やアラサーだぞ。」
何やらぶつくさと呟く猪野。病室は退屈でそれに静かなので猪野の声だけが響いていたので、先ほどと比べて声こそは小さかったが私の耳にもよく聞こえた。そして一つの疑問が浮かび上がる。
ん?両思い?
「待って待って!!私、猪野に悟のこと好きなんて言ったことない!それに両思いってことは、え、え、先生も!?ちょっと待ってどういうこと!?」
混乱のあまりようやく慣れてきた"悟"という呼び方も昔のように先生に戻ってしまう。足を怪我しているので上半身だけでバタバタと慌てているとガラガラとまた病室の扉が勢いよく開いた。