第8章 槿の花びらはただ一つのみ朝をむかえる
「…今からする?あの日の続き。」
「え、いや………ちょっと、先生…?」
先生は私の手を掴んで自分の目隠しに触れさせた。また指先から心臓の鼓動が伝わっている気がした。
「ほら、取って?」
「あ…」
私が戸惑い固まってしまっていても先生はいつものように再び催促することはなく、ただ黙って笑い私が目隠しを取るのを待ってくれていた。
先ほどまでごちゃごちゃと考えていた自分が馬鹿みたいだ。今はただ目の前にいる先生のことで頭がいっぱいになって、心臓がどんどん早まっていく。誤魔化し程度の深呼吸を一度だけして私は先生の目を覆う黒い布を外した。
「…………先生の、意地悪。」
「針に言われるなら本望だよ。」
キラキラと光る先生のアクアマリンのような瞳を一瞬だけ自分の目に焼き付けて、私はそっと目を閉じた。
細くて骨張った先生の指が頬に触れ、手のひら全体で私の顔を両手で包む。
目を閉じているからだろうか、感覚がいつもよりも繊細に感じる。先生の熱のこもった息がかかって僅か数センチしか離れていないことを悟る。
ファーストキスが消える、相手は先生だ。緊張と嬉しさと、恥ずかしさ複雑な感情が混ざる私はキュッと瞼を強く瞑った。
「ん……」
唇に触れた温かな感触。…柔らかい。いつもの先生からは想像がつかない優しく押し当てるだけのキス。たった3秒触れ合っただけだったけれどお互いの温度を噛み締めるように、そしてその体温が名残惜しいかのように少しずつ唇は離れていった。
「好きだよ、針。」