第8章 槿の花びらはただ一つのみ朝をむかえる
「針の部屋久々だな〜。」
その後特に何事もなく帰宅した私。帰りのタクシーではお互い無言で十数分車に揺られた。
玄関までで大丈夫だと言ったが、せっかく来たし中まで入れてよ〜と返答されなんだかんだで先生のことが好きな私は断れず結局部屋の中に先生を通してしまった。
2人きりになったところでまた虚しくなるだけなのに。
いっそのことさっさと抱いてもらった方が気が楽だ。その方が、異性として見られていると思うことができる。
私は先生にとってただの生徒なのか、ただの所有物なのか。
いずれにせよ数年間呼び出し呼び出され、部屋に出入りされて2人きりに何度もなっているのに何もない私たちは男女とは言えない。
やっぱり、二人きりになったところで悲しくなるだけだ。
「…………針〜??」
「へっ!?…あっ………どうしたの?先生。」
呼ばれていたことに全然気が付かなかった。少し考え込みすぎたようだ。よりにもよって本人の前で。どんな顔をしていただろう、私の気持ちがバレていないといいけれど。
「どうしたのって、針の方がどうしちゃったの?僕さっきからずっと呼んでるのに上の空でさ。」
まじまじと私の顔を覗き込む先生。なんだか顔が近い気がして心臓がバクバクしてしまう。……七夕のあの日、やりそびれてしまったキスのことを思い出す。
私が先生の目隠しを外して、それから先生が私の唇をなぞって
「……な、なんでもないから!!!!!!」
今でもすぐ思い出せるあの日の情景に恥ずかしくなってしまった私は照れ隠しに大きな声で否定してしまった。
自分でもよくわかるほど一瞬で顔に熱がこもる。たぶん私今真っ赤だわ。もうこれじゃバレちゃうじゃない、お願い何も言われませんように。
「そんなに顔真っ赤にして……あ、もしかして七夕のときのこと思い出した?」
「……っ…ちがっ!!」
この男は…!!人が突っ込まれたくない部分をズカズカと…。わざとなの?それとも無意識なの?どちらにせよ罪深い男よ。
思い出して顔が真っ赤になったのは確かにそうだけれど、自分の想いがバレないように必死な私は慌てて否定した。
しかしそれが嘘だと見抜かれていたのだろう、先生は嬉しそうに口角を上げる。
「…今からする?あの日の続き。」