第22章 烏は陽から兎は月から怱怱と逃げ出すほどの
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「…というのが今考えられる理由なんですが。」
夏油さんに、悟との子供が今お腹の中にいることを伝えた。
「…………。」
夏油さんは最初こそはこちらを向いて静かに話を聞いていたけれど、だんだん目を見開き始めて最終的には口をポカンと開けたまま微動だにしなくなった。
え、なんだろう。噂を聞く限り夏油さんってかなり過激な呪術師保護思考があるって聞いたから、俺の親友の奥さんがこんな凡人なんてって憤っているのかも…。
「夏油さん…?」
恐る恐る私がそう声をかけると、夏油さんはしばらく間を置いてから、色々言いたそうだったけれどそれを全て堪えるように、
「………なんの冗談?」
と、この一言を絞り出した。
やっぱりそうなんだ、
これから飛び出るであろう非難を覚悟して肩を縮こませる私をそっちのけに、夏油さんは早口で捲し立てるように言葉を並べた。
「あの悟だよ?正気? むしろ悟本人が子供みたいなものじゃないか。」
「……。」
………意外な言葉に思わず一瞬、拍子抜けしてしまうも、あまりにも的を得すぎた反応に思わず笑いが溢れる。
「…っあはは、確かに。言えてる。」
あの人、高校生に焼きもち妬くくらいだもんね。甘いものが大好きで、お酒が飲めなくて、実は結構甘えん坊。自分が絶対的に1番だと思っていて、自信家。これがまた本当に実力が備わっているから他人の気持ちなんて理解しないしできない。
…すごく孤独な人。
そんな人が子育てなんて。
って、私も思ってた。
「…………でも、」
久しぶりに悟との暖かな思い出が、体の内側から溢れて私の心を溶かしていく。
私を撫でる手、少し乱暴だけどぐしゃぐしゃになった髪の毛を直すときに私を見つめるあの瞳。
目を少し細めて穏やかに口元が緩む、そんな悟の表情を見た時に私は彼の愛情を感じた。
決して交わらないはずだった私たち。理解しようと苦手なくせに気なんか遣って、私のことを理解しようとしてくれた。
だから、きっと大丈夫。
「それでも……愛情があります。感情論なんて私も馬鹿げてるって思うけど、悟がくれる愛情は本物だから。」
…きっと彼も親として、この子に私にくれた分と同じだけの愛情を注いでくれるって、信じてる。