第22章 烏は陽から兎は月から怱怱と逃げ出すほどの
倒れ込んでいる呪骸の器が数秒も立たない内に起き上がる。
「……随分と久しぶりな気がするね。」
夏油さんが"久しぶり"と言ったのは、呼び出されたこと自体によるものなのかそれともここが高専だと気がついているからなのかはわからなかった。
けれど、残念ながら無駄話をしている時間はない。
「………あまり呪力が残っていないので手っ取り早く行きますね。相談があるんですけど。」
「私に?いいのかい?粗悪な提案をするかもよ。」
「それはないって、悟から言質取っているので。」
「…………。」
ただ淡々と答えていたけれど、悟の名前を聞いた夏油さんは緩んだ口元をキュッと結んだ気がした。それからその口を解くように深々とため息をつく。
「……はぁ。わかったよ。で?なんだい?その相談っていうのは。」
「宿儺の指の存在はご存知ですか?」
「ああ、噂程度にはね。」
……まずい。まだ会話を始めたばかりなのに、もう視界が揺らいできた。術式反転多用のあとはさすがに呪力が足りないか…。
歪む視界に私は、眉を顰めながら一息で、なるべく早口で要件を述べる。
「それを身体に取り込んだ青年がいます。彼は器として成立し、彼の体には今彼自身の魂と宿儺の魂が存在します。例えば、私が彼本人の魂を呼び出した場合、宿儺に妨害されて私は死ぬと思いますか?」
明らかに呪力不足を理解しているはずだけれど切羽詰まった私の邪魔をすることはなく夏油さんは静かに話を聞いてくれた。
「わからない。少し考える時間がほしい。………だから、今はゆっくり休むといいよ。」
ただやはり議題が議題なだけに彼もすぐには答えが出ないようで、尻尾をゆらゆらと揺らした彼は私の肩に乗り、その前脚で目を開けるのすら限界な私の瞼を閉じるように上から下へとそっと撫でた。