第9章 4月24日 高階家
程なくして怜治が再び彼女の体を軽く抱き上げて元の位置に戻した。
「そろそろ戻る」
「え?」
ぽかんとして立ち上がった怜治を紀佳が見上げた。
学生の頃に一時は、闇雲に欲しがった時期もある。
けれどやればやる程虚しくなっただけだ。
こんな境遇だったからか、怜治は自分をコントロールするのに慣れていた。
押し殺すこと。
男特有の衝動と感情を切り離すこと。
最もそれは、もしかして紀佳に対してだけかも知れない、というのは最近気付いた。
「あとは親父にでも慰めてもらえ」
「……怜…」
紀佳の戸惑った声が微かに耳に届く時、怜治は早々にリビングを出て階段を登りかけていた。
俺も大人気ないな、と自嘲気味に思った。
どうやら昼間の事を根に持ってたらしい。
出口が無い。
紀佳に夢中になるあの一瞬。
あれが終わればまた囚われる。
『そういうのって、虚しくない?』
居酒屋での、何も知らない筈の小夜子の言葉が妙に頭に残った。