第9章 4月24日 高階家
『ダメだよ』
何が?
嫌になったのなら拒めばいい。
触れていた時に紅潮してた彼女の頬。
濡れて開いた唇。
あんな前戯にもならないもので。
父親のような冷たい人間に、いつか紀佳みたいなのは愛想を尽かすに違いない。
ずっと確信めいた気持ちがあった。
確信はいつしか熱望となり願望となり…今は拠り所なのか。
大人になり、一方的な熱情はなりを潜めて紀佳の悲しむ姿も見たくないと感じる自分もいる。
頭を冷やそうと上体を伸ばし、窓枠のサッシを上に持ち上げた。
古い造りのそれはなかなか上がらず、一気に力を込める。
直後思ったよりも冷たい風が腕を撫でて、葉擦れの音と一緒に怜治を通り過ぎた。
黄緑色に芽吹く枝先が怜治がいる二階まで届き、目線の下で揺れている。
相変わらず、小夜子からの連絡は無い。
多忙なのならいい。
こないだみたいに小夜子に何かあったのでなければいい。
細く息をついた怜治は気を取り直し、また分厚い書籍のページをめくり始めた。