第6章 4月12日 達郎の店
「ごめ……んなさい。 ごめんなさい、達っちゃん…ごめ…」
彼女が謝り続けたのは二人の関係性に対してだったのかも知れない。
「……あんまり男を馬鹿にしちゃ駄目だよ」
達郎がそっと小夜子の体を離した時、籠った空気が急激に小夜子の肌を冷やした。
彼は何も言わず静かに立ち上がり室を出て行った。
膝をかかえて、小夜子は震えながら泣き続けた。
『その先』の事なんて小夜子には見えていなかった。
けれど彼女はもう幼い日の二人の様には戻れない事を知った。
そしてそれ以上も無い、達郎はそう望んでいた事を知った。
短かった小夜子の少女時代はその日に終わった。
あの出来事は鍵付きの箱に閉まって、地中に埋まっている。
それは、事件に過ぎず、しかし小夜子にとっては『思い出 』になどなっていなかった。
生暖かい風にまだ湿り気を帯びる空気が混ざる、そんな春の終わりから夏のはじめに幾度となく思い返す。
その代わりに始めて体を重ねた男性の顔は思い出せず、心を寄せて愛を交わしあった記憶も無い。
彼女の心は達郎に向かい現在進行形で燻り続けている。