第28章 6月10日 湊のマンション
平日は大概シャワーで済ませているが、お湯につかりたくなり給湯の取っ手を回した。
もうもうと立ち上る湯気を見詰めているとあの時の事を思い出す。
あまりにも乱れてしまった自分に火を噴きそうで、急いで頭の隅に追いやる。
触れられる感触を思い出すだけで肌が焼ける。
なぜ怜治だとああなるのか。
男性との行為は、正直、似た様なものだと思っていた。
体や性格の相性云々は確かにあって、一時、週に一度は会っていた相手もいた。
けれどそうなると、お互いに傷付くだけだと早々に悟った。
そのうちに、体の結び付きと心を切り離す癖がついた。
そんな自分だから、途中で混乱して、怖くなる。
彼の肌の触感。
包み込む体の造り。
体を合わせるたびに溶けそうで。
彼の内面と同じに、優し過ぎて、激しい。
それは彼の父親のギャップを思わせた。
私がベッドの中で口走った「好き」。
それを怜治はどう思ったのだろう?
彼が何倍にでもして返してくれるそれに対して、自分の二文字は、付箋に書かれた落書きみたいな価値しかない様に思えた。
私はまだ彼に『借り』があり過ぎるというのに。
その前にセックスに溺れたくなんかない。
『小夜が本気で俺を欲しがんないなら意味が無い』
彼の不在。
体が乾く。
その一方で、酔ったみたいに満たされる心。
こんなものにどうやって折り合いをつけていけば?
いっそ逃げ出したくなる時がある。
浴槽の縁で組んだ腕に顎を乗せ、あの時と同じ水音を聴いているうちになぜか涙が出そうになった。
ねえ、怜治。
あなたを欲しいと言ったのは嘘じゃない。
けれど、あなたが言った、意味が無い、その『 意味 』が私にはまだ分からない。
もしそう伝えたら、あなたは今度こそ私に呆れてくれる?