第16章 5月15日 病院
「……私ね、泰さんの事、愛してるの」
「分かってる」
「ごめんね。 いっぱい甘えて」
「甘えられた記憶なんか無い」
もしそうならば、それで彼女は均整を保っていたのだろう。
そしてそれは、こちらも同じ。
寂しさを分け合って、冷えた体を温め合って。
「だから、大事にするね……」
「そうして欲しい」
「怜治くんの名前を…もらうつもり……」
彼女の瞼が重たげに降りていく。
しばらくしてまた穏やかな寝息が聞こえ、怜治が静かに診察室をあとにする。
紀佳はきっといい母親になりそうな気がする。
秘めた、道ならぬ恋だったが怜治に後悔はなかった。
先程小夜子に告白をして、もしも軽蔑されてたとしても、だ。
「………って」
ふと、ついさっきまで小夜子と座っていたソファが目に入った。
ちょっと、あれは性急すぎたかもしれない。
何が『 ゆっくりやれば 』なんだ。
今まで見た事ない、小夜子が泣くレアな状況に最初びびったが、止まらなかった。
塩辛い彼女の涙がまだ唇に残っていた。
ああいうので、彼女は泣くんだ。
けれど、彼女の為に泣いてくれる人間はいるんだろうか。
そう考えると複雑な気持ちになった。