第13章 4月29日 達郎の店
「ごめんね。 私も押し付ける気は無かった」
それでも、心が動く。
心が、欲しがる。
怜治が立ち上がりかけ、達郎に会計を頼んだ。
「帰るの? そしたら私も……」
カウンターの端に手を着いた小夜子も一緒にそれにならおうとして、顔を傾けてこちらに身を寄せてくる怜治に反応が遅れた。
ほんの二秒ほどだった。
小夜子に軽く合わさった互いの唇。
「………………」
「おやすみ」
短くそう言って、小夜子が我に返ったのは彼が店を出た後だった。
「なかなか情熱的な彼氏……」
達郎が怜治の出て行った出口を見やりながらへえ、とでも言いたげな表情をし、小夜子は力が抜けた様にすとん、と椅子に座り直す。
「優しそうだし。 小夜ちゃん、良かったね」
「…………ん」
目の前にある、間接灯に反射されたグラスの灯りがぼやけて揺れていた。
小夜子はしばらくの間呆然としてその場を動けずにいた。