第2章 4月5日 高階家
まだ夜は冷える春のはじめ。
もう辺りが暗くなった住宅街の通りは、人気が無いといっても夕げの匂いや風呂のシャンプーだかの香料の香りで賑やかだった。
人の生活の気配がする。
「ただいま」
門を抜け、自宅の重い木戸に手を掛ける。
なにかの香辛料を炒めたような香りが自分を出迎え、そんな周りと大差がない身の境遇に、たまに首を捻りたくなる。
「不用心だからいつも鍵は閉めといた方がいいって言ってんのに」
「だって、怜治くんや、もしかして泰さんも帰ってくる時間なんだから」
薄化粧を施したやや小柄な女が、咎める様な口調に反して優しい表情の目の前の男に、軽い抗議をする。
帰宅をして玄関先で親しげなやり取りをする二人は、傍目から見ると若い新婚夫婦のようだった。
「……怜治くん?」