第12章 好きなもの
「こら、。楽しみにしてくれるのは俺としても嬉しいが、もう少しゆっくり歩きなさい。お腹の子が驚いてしまうぞ」
花火大会に赴いた時のように喜び勇んで歩くは早足で、道端の石ころに足を取られ転んでしまうのではと杏寿郎の心労は絶えない。
そして少し窘められてしまったはほんの少しシュンとして歩幅を緩め、引っ張っていた杏寿郎の腕にピタリと寄り添った。
「杏寿郎君の好きなものを一緒に拝見出来ると思うと嬉しくてつい……私、杏寿郎君が大好きなのに杏寿郎君の好きなものは食べ物しか知らなかったので」
おずおずと杏寿郎の様子を伺うように見上げる赫い瞳はほんの少しの反省と……やはり能楽を観るのが楽しみだというものと、杏寿郎の好きなものは他に何か知りたいという好奇心満々な色をたたえている。
つい先ほど窘めたものの自分を知りたいと思ってくれている遠慮気味な瞳に杏寿郎は頬を緩ませながら頭をポンと撫でる。
「鬼殺隊時代もそれからも鍛錬や稽古の日々で、互いの好きなものの話は確かにしていなかったな!俺は能楽と相撲が一等好きだ!相撲は知っているか?」
娯楽に疎いであっても流石に相撲は知っていたようで、記憶の引き出しを片っ端から開けながら大きく頷いた。