第5章 暗殺者の上手な別れ方【前編】
「記憶喪失?」
「ただの記憶喪失じゃないみたいですが」
「?」
「………薬物が、検出されました」
「クスリ?」
「市場に出回ってるやつじゃなくて。治験段階のクスリ。微量で記憶を消せるんだって」
「何そのあやしすぎるクスリ」
「そうでもないよ。人間、消したい記憶のひとつやふたつ、あるでしょ」
消したい、記憶。
「………こっち側、ってこと?」
「それはまだわかりません」
「少なくとも消したい記憶があったってことでしょ?親の死、とかレイプ、殺人……とか?」
「時々時雨はさらっと怖いこといいますね」
「違うの?」
「だから、わかりませんて」
「?どーゆーこと?」
「微量どころか、かなりの量が体内に蓄積されていました」
「?」
「つまりクスリで、科学薬品のせいで記憶がないってことか?」
「さすが雨音くん、大正解です」
なんとなく、むぅ。
雨音のこと散々半殺しにしたのは確かつい先日。
雨音の頭にも腕にも真っ白な包帯が痛々しい。
のに。
何故だかこの2人は仲がいい。
「記憶消された挙句、道端にポイ?」
「酷い話ですね」
今だって。
雨音ってば自分の分より先に教授のコーヒーなんか淹れてあげちゃってるし。
あたしにはなんにもくれないくせに。
「時雨?」
黙りこくって雨音を睨んでいれば。
テーブルにコーヒーをカタン、と置いて。
教授が顎を捉え強引に視線を絡ませた。
「あんまりかわいく睨んでると、彼、そろそろ再起不能になりますよ?」
にこりと微笑みながらたしかにあたしへと向けられたはずの言葉に反応したのは他でもない、雨音で。
「うげ」と本気で青ざめて、思い切りコーヒーをむせこんでいる。
「大丈夫?雨音」
「まじで、来んな頼むから…っ、おまえが近寄る方が俺には大丈夫じゃないんだよ」
「…前はベッドに潜り込んできたくせに」
「…………」
顔色変えずにコーヒーを口へと運ぶ教授とは反対に。
雨音の顔色はどんどん、青ざめていく。
「時雨はさ、俺を殺したいの?ねぇ」
…バカねぇ。
弟を殺したい姉なんて、いるわけないじゃない。