第2章 暗殺者の上手な愛でかた壊しかた
雨が降っていた。
全身を大粒の雨が打ち付けて。
髪を。
コートを。
濡らしていく。
流れ出した真っ赤な液体が雨で流れていくのを見ながら。
ただ呆然と。
倒れている男を見ていた。
今しがた、自分が殺した、男の亡骸を。
「…………あとは、頼みます」
それだけ言うのが、やっとだった。
吐きそうだ。
気持ち悪い。
血の匂い。
刃を突き立てた、あの生々しい感触。
刃が肌に食い込む瞬間の、体に掛かる重い衝撃、負荷。
どれもが。
吐き気を誘発する。
「おかえりなさい、教授」
正直どうやって家まで帰って来たのかわからない。
ドアを開けた瞬間飛び出してきた時雨の長い髪が、鼻を掠めて。
咄嗟に突き飛ばしていた。
「教授?」
力加減を間違えたようで、シューズボックスまで吹き飛んだらしい時雨が、床へと座り込みながら、首を傾げた。
「………びしょ濡れ、なので」
目を反らして、避けるように浴室へと向かった。
ガタン
バタン
急いで脱衣場まで駆け込み、口許を押さえる。
吐き出しそうな衝動を押し殺しても、あふれでてくる吐き気。
「……オェ……っ、ゲホッッ」
耐えきれずに、嗚咽付いてみても。
結局のところ吐き出されたのは少量の胃液交りの泡で。
吐き気はいっこうに収まらない。
「教授っ?ねぇどーしたの?具合悪い?」
「なんでもありません」
「教授、開けるよ?」
「来るな!!」
「え」
心配してくれる時雨に放った大声。
自分でもわかる。
"いつもと違う"、と。
「頼むから、ひとりにして下さい」
「教授………」
「なんでもありません。ただちょっと、疲れただけで」
「………わかった」
時雨の、遠ざかる足音に安堵して。
服を脱ぎ捨てシャワーを浴びた。