第9章 サヨナラ
翌朝眠そうに欠伸をする悟を見送り、書類仕事を始めた。
昨日ある程度進めたお陰で今日はそこまで多くない。
ゆっくりやっても全然終わりそうだ。
「今日はほぼ七海がやってくれた案件か」
七海の資料は凄く分かりやすい。
必要な情報のみを端的に分かりやすく記載してある。
一方で悟の資料は無駄な情報が多過ぎる。
その時の感情が書かれていたり、はたまた何も書かれていなかったりとムラがあり過ぎる。
「任務代わって貰ってるから贅沢は言えないけど、悟ももうちょっと書類仕事出来るようになってくれないかなぁ」
ポツリと漏れた本音は1人の静かな部屋に響き、誰の共感を得ることもなく消えていく。
コンコンと小さなノック音が鳴る。
この時間に悟の部屋を訪ねて来る人は大抵私に用事がある人かな。
悟は基本的に任務で居ない時が多いし。
「はーい?あ、お久しぶりで……す?」
扉を開けると同時にドンッと身体に走る強い衝撃。
薔薇のような強い香りに頭が揺れる。
あれ、この匂いどこかで……。
全身の力が抜ける。指先から徐々に体温が無くなっていくような、そんな感覚。
身体に力が入らない。
「なん……で……」
お腹が熱い。
熱を持ち、ドクドクと脈打つ。
お臍の下辺りにナイフが垂直に突き刺さっている。
ジワジワと赤い血が服を汚す。
お腹が……赤ちゃん……。
「さと……る……」
ナイフを勢い良く引き抜かれ、血が溢れ出す。
その反動で身体のバランスが崩れる。
床に倒れる動きがスローモーションに感じた。
トサリと小さな音を立てて身体が落ちた。
さっきまで熱かった身体は、すぐに冷えていく。
今は凍えるように寒い。
「たすけて……」
身体が動かない。
このままじゃ赤ちゃんが危ないかもしれない。
幸い刺されたところはギリギリ子宮から外れている。
すぐに処置をすればまだ間に合うだろう。
早く止血して、硝子に……。
「あかちゃん……」
瞼が降りて来る。
今意識を手放したら、二度と戻って来られない。
二度と赤ちゃんにも悟にも会えない。
なんとか連絡を取らないと……誰か……!
重い腕をなんとか伸ばし、指先がスマホを掠めた。