第1章 逃げられない
「大変申し訳ないんだけど、何か問題が起こったようでね。僕は会社に戻らなきゃならないんだ。おもちゃにはマネージャーを呼ぶから迎えに来たら帰ってね」
最後の方は私に向けて言い、了さんが帰り支度をする。「じゃ」と背中を向けたタイミングで千が了さんを呼び止めた。
「待って。マネージャーは呼ばなくていい。僕たちが責任持って送っていく」
「あ、そう?僕から電話しない限りおもちゃは必要ないから好きな時に返してね」
そう言い残して、了さんは本当に帰って行った。
「なんてやつだ」
「、あんなヤツのおもちゃでいていいの?」
良いわけがない。聞くまでもない事だって百もわかっていて聞いているのだ。恐らく、その先のステップに進むために。
百を利用したくない。だけど、きっと、百も千も利用されるのを待っている。
だから、私はあえて乗る。
了さんの企みに。百と千が用意してくれようとしている逃走用の乗り物に。
私は俯いて、ふるふると首を左右に力無く振った。涙を浮かべて、顔を上げる。百は勿論、千までも憂色を浮かべていた。
「私は……もう嫌……」
これは本心。口にしてはいけない本当の気持ち。夢だけを見ていたあの頃に戻りたい、言ってはいけない言葉。
一つ零してしまえば、溢れる本物の涙。声を噛み殺す私の震える肩を、誰かが抱きしめてくれた。優しく良い匂いに包まれて、私はそのまま気を失った。
*✱* ✱*✱ *✱*
「緊張してたのかな」
抱きしめたのは千だった。高いシャツにの化粧が付いているが、千は全然気にしていなかった。
「それにしても、ユキが率先して抱きしめるなんて!モモちゃん聞いてませんぞ!」
「母さん、妬かないで」
「ムリ!って言いたいとこだけど、なら良いかな」
「へぇ」
体勢をかえて、千の膝の上にを乗せて抱え直す。ようやく見えたの顔を濡らす液体を百が優しく拭う。
「車に運ぶのはオレね!」
「言われなくても任せてたよ」
「さすがユキ!」
「まあね。あ、この子の滞在先だけどうちで良い?モモの家、程よく荒れてるでしょ?」
「ううう。こんな時に片付けとけばって後悔するよね……」