第1章 逃げられない
「まあ、いいんじゃない?」
「ユキ?」
百と私のやり取りを黙って見ていた千が、何か紙とペンを取り出してサラサラと書いている。
「はい」
そして、渡されたのは千の名刺に個人の電話番号が書き記されたプライベートな情報だった。
「え!?ユキ!?名刺渡すのも珍しいのに、電話番号まで…。よし!じゃあ、オレも」
百も名刺ケースから名刺を一枚取り出し、電話番号を書き足した。それを私に渡しながら、百がバチンと大きく片目を瞑る。
「初対面でオレたちRe:valeからこんなの貰うなんてすごいよ!ってか初めてかも!オレたちRe:valeの初めてを奪うなんて悪いオンナだね!」
二枚の名刺を手にした私に、おどけたように言う百が楽しくて、私は素で笑ってしまった。
「くっ…!ふ、あはは!ありがとう!」
お腹の底から笑えたのなんて数ヶ月ぶりかもしれない。大きく口を開けて笑うなんて、変えられた外見には似合わない笑い方だからって封印していた。いつでも口元に拳をあてて、あまり口を開かないで笑っていた。
「さん…えっと…そう!って呼んでも良いかな」
「僕も呼ばせてもらうよ、」
いつの間にか、百も千も優しい笑顔を浮かべていた。呼び方一つで距離がぐっと縮まった気がする。
「はい!ぜひ!百さん、千さん」
和んだ雰囲気をぶち壊すのはいつでもヒール。電話を終えた了さんが『タイミング良く』戻ってきた。
「ただいまー。皆楽しそうだけど何かあったのかなー?」
いけしゃあしゃあとしている了さんに答えを求められるように、視線を向けられる。
「私の呼び方をお二人が考えてくださったんです」
「僕のおもちゃに名前付けなんてムカつくね!まぁ、二人になら『特別に』貸してあげない事も無いけど。くれぐれも処女は破らないでくれよ?そんな事されたらおもちゃの価値も下がるし、他人の手垢が付いたおもちゃなんて気持ち悪いから捨てちゃうからね!」
台本があるとわかっていても胸糞の悪い言葉を言い切る了さんに不愉快さが募る。
ここまで言われれば、少しでも情をかけた私を解放させる(捨てる)為に、Re:valeが私を抱くだろうと踏んでいるのだろう。
百と千の了を見る視線が鋭く冷たい。
私たちの中で了さんは一人が笑っていた。