第1章 組織で生まれた子
その日は満月の次の日だったか。
暗殺、麻薬の取引、人体実験、その他諸々犯罪行為が行われる組織のアジトの小さな部屋で、なんとも不釣り合いな赤ん坊の産声が聞こえた。
「可愛い女の子ね」
臨時に作られた分娩室のドアを開けて、母親に抱かれている幼児を見てベルモットは言った。
母親は宝物を扱うかのような優しい目で幼児を見た。
そして直ぐに悲しげに微笑んで
「ごめんね、平和な世界に産んであげられなくて」
と小さく呟いた。
「名前はもう決めたのかしら」
ベルモットは幼児に近づき、そっと顔を覗き込む。
「ええ、決めたわ
って言うの」
「ね、いい名前じゃない」
と名付けられたその幼児は薄く目を瞑り穏やかな表情で眠っている。
悪も汚れも知らない、真っ白な心を持った幼児。
彼女のただ1人の頼りである母親が、かつて人を殺めていたことなど知る由もない。
「この子、ちゃんと生きれるかしら。
母親も父親も、頼れるような親戚もいなくて、」
母親は幼児の小さな小さな指を握った。
ほんのり温かくて、小さいながらもしっかり生きているという証。
「こんな、…っ、こんな暗い世界で、」
母親の目からスっと涙が溢れた。1度流れてしまった涙は、止まることを知らない。
そんな震える母親の手を、ベルモットは優しく握った。
「大丈夫、は私たちがしっかり育てるわ
心配しないで…大丈夫だから」
「…っ、ありがとう…ベルモット」
母親はベルモットの手を握り返した。
「ごめんね…守ってあげられなくて」
「ううん…こんな馬鹿な恋愛をした私が間違ってたの
でも、この子に罪は無いから、」
本当ならば自分の手で育てたい。
愛するこの子の成長をずっと見守っていきたい。
けれど、それは叶わぬ願い。
今日ほどこの組織に入ったことを後悔する日はない。
どんなものより大切な、自分の愛する我が子。
「を、よろしくね」
母親はベルモットにそう告げて優しい笑みを浮かべた。
そしての頭に優しく口付けた。
「愛してるわ、」
母親はをベルモットに渡した。
数時間前に出産を終えた重い体を起こして母親は部屋を出ていった。