第38章 voyage ■
「じゃあっ!…悟は……私を幸せにしてくれるの?」
じわりと涙が浮かんでくる。
思い出してしまう。
今までの物語を全部。
五条が目を細めて静かに言った。
「…するよ。」
瞬きをすると、1つ涙が零れ落ちた。
それを五条は切なげに笑って見下ろしている。
「……私はまたっ…お姫様にっ…なれるの?」
「なれるよ。」
視界が歪み、嗚咽が漏れてきた。
「幸せにっ…なれる…っ?」
「なれるよ。僕がそうさせるんだから。」
何粒も頬を伝ったそれを五条の指が拭った。
「…だったら……
だったら…っ…
忘れさせてくれる?
今までの物語…全部…。
何もかも忘れるくらい
愛してくれる…?」
五条の顔が涙でぼやけて見えない。
けれど、優しくて柔らかい声が降ってきた。
「…全部忘れさせるよ……
…僕ならできる…。だって僕、最強だから。」
ひっくひっくと嗚咽が始まるレイの目尻に唇を寄せ、優しく涙を吸い上げる。
「……これは悲し涙?」
「…っう…ぅっ…わかんない…っ…」
悲し涙かもしれないし、悔し涙かもしれないし、
嬉し涙かもしれない。
よくわからない。
でもとにかく苦しい。
こんなに複雑な感情は初めてだ。
今までの悲しみや辛さが全部溢れてきたのかもしれない。
「…じゃあ…悲し涙はきっとこれで最後だよ。
もう僕が流させないから…」
ギュッと抱き締められて温かい体温と安心する香りに包まれる。
「…うっ……さとっ…る…っ…」
「…さぁ、僕と新しいストーリーを始めるよ。
幸せになる準備はいい?」
レイが涙を流しながら、
コクンと頷き、大きく目を見開く。
「レイ」
今まで見たこともないくらいに優しい笑みを浮かべている五条が自分を見下ろしている。
「好きだ。」
今からもう、眠り姫じゃないよ。
たった1人の僕の姫だ。