第29章 intention
「傑が生きている間は、いい思い出も悪い思い出も、何を思い出してもイライラしたのにさー、あいつが死んだ途端、全部がいい思い出だったように思えてきちゃって。
自分自身が都合良すぎてやんなるけどー、でも…
ほんとにホッとしてるわけよ。」
早口でそう言ってから、頬杖をつき、ストローでグラスをかき混ぜているその仕草がどこか異様で七海は目を逸らす。
「これであいつももう罪を重ねないわけだし。
てか、やっぱ3年のとき殺しとけば、こんな大惨事にはならなかったよねぇ。
あの時、僕が殺しておけばさー…
まぁでもようやくこれで、あいつを苦しみから解放できた気がする…」
ストローを動かしたまま五条はどこを見ているのか分からない目をしている。
「ねーやっぱ僕っておかしいよねぇ。
らしくない感情に葛藤しちゃってる感じ?」
「…故人を悼む感情は人それぞれですし…おかしいなどということはないとは思いますが…」
七海はグラスに口をつけ、短く息を吐いた。
この人の、あの日から変わった一人称には未だに慣れない。
さっきからペラペラと早口で言うあなたは今…
「…五条さん。あなたは今、かなりの精神的ダメージを食らっていると思います。恐らく自分が思っている以上に、夏油さんの死にショックを受けている……休んだ方がいい…」
その言葉に、五条は手を止めた。
そしてとても寂しげな口調で声を出す。
「あのね、七海……
僕は…最強なんだ。」
「……知っていますが。だからといって心も最強なわけではありません。勘違いしないでください。」
「ははは…そうじゃなくて…
人ってさ、いつ死ぬと思う?」
七海は突然何を言い出すんだと言うように訝しげに横目で五条を見る。
五条は切なげに口角だけ僅かに上げていた。