第29章 intention
「私は…昔…夏油さんに…
言ってはいけないことを言ってしまいました…」
「え、どんな?」
七海はウイスキーのグラスを傾けながら、複雑そうに押し黙り、暫くしてまた静かに話し始めた。
「…もう、五条さんあなた一人で、よくないですか…と。
あれは言うべきではなかった…」
「……そぉ。でもナナミンのせいじゃないよ。
あいつの問題。てゆーか、僕のせ」
「いいえ。」
七海にその言葉は遮られた。
「……言い訳ではないんですけどね…
私は…それはあなた方が1人でも大丈夫だとか、五条さん以外は弱いとかいらないとか…そういった意味で言ったわけではないんですよ…」
灰原のことを思い出しながら、奥歯を噛み締める。
グラスの氷がカランと溶けた音が異様に大きく感じた。
七海は静かに話し出す。
「私はあなた方2人を見ているのが、
なんだかんだ好きだった…
羨ましくも思っていたし、憧れてもいた…」
自分と灰原も、そんな2人を目指していた。
とても儚いあの頃の記憶。
ずっと、思い出さないようにしてきた。
「…ただ、自分の無力さを肯定する何かが欲しかった…」
五条は音を立てずに笑った。
「いいよ、分かってる。
それにそんなのは僕も傑も同じだった。
いくら僕らが最強と言われていようと…ね…」
思い出したくない思いと、
思い出したい思い。
何度も葛藤してきて、結局いつも思い出してしまっていたのは、今を生きていないことと同義なのかもしれない。
ならば、忘れなくてはならないかもしれない。
「傑が生きているうちは、僕はおかしかったんだ」
「…はい?」
七海の片眉が僅かに上がった。