第12章 nihilism
「確かに、お金は大切だとは思います。でも人って、愛がなければ心が荒んでいくし、誰かを愛し、誰かに愛されていなければ、生きている実感がわかないと思うんです。昔の私みたいに…」
そう言って遠くの方に視線を送る。
夕陽がゆっくりと沈んでいくのが見えた。
「高専に来る前の私は、本当になんにも持っていなかった。もちろんお金も愛もです。どちらも持っていなかったからこそ、今になって言えることがあるんです。」
「うん?」
冥冥はレイの瞳をジッと見つめた。
彼女のまつ毛が小さく揺れ、一瞬だけチラリと夏油の方を見たのが分かった。
「本物の愛は、お金では買えません。
それに愛は、与えるものなんです。」
ゆらゆらと揺れる橙色の光が、大きなその目に映し出されているのを見て息を飲む。
彼女はとても美しいと冥冥は思った。
「富は海水のようだとも思うんです。飲めば飲むほどに、渇きを覚える…私は今日、泳ぎの練習で結構 海水飲んじゃいましたっ。」
そう言って思い出したようにレイは笑った。
いつのまにか、夕陽が半分になっている。
「…そうだね…1度溺れるとなかなか出ては来られないよね…」
冥冥は小さく呟き、レイと同じ方向に目を向けた。
夕陽も、海に溺れていくように見える。
「すごく喉が乾きましたよ。でもそこでまた海水を飲んでしまえば、もっともっと喉が乾いてもっともっと飲みたくなって…それを繰り返しても喉は潤わないんです。いつまでも…ただもっと、欲しくなるだけ…」
冥冥の見開いた目にも、玲瓏な橙色が揺れだした。