第4章 泥から咲いた蓮のように
「着いたよ。」
下ろされた場所は人気のない菜の花畑。
月明かりに早春の夜風が香りを運ぶ場所。
夜の外を歩くのは、鬼を知るわたしたち夜の世界で働く者には怖いものだけど
強い鬼である彼に抗えるものなど少ないという安心もあってか、ただ一緒に夜の風に当たれるのが気持ちよいし、嬉しかった。
踊ることだけ考えて生きていたいと思っていたのに
わたしの舞のなかにはいつの間にかあなたがいつもいる。
触れられるだけで、それがトリガーとなって胸が高鳴るのが抑えられない。
感情というものがないと言っていたのに、わたしの前では胸を締め付けられそうな暖かい感情を感じる。
「行こう。ほら、転ばないように。」
差し伸ばされた手をとって、夜の畦道を歩く。
身を隠すようなものが何もないだだっ広いところをゆっくりと歩く童磨さんからは、わたしを食べるとか、吸収する意図も感じない。
「君が信者でなくてよかった……。そもそも菖蒲ちゃんのような、綺麗で強い女の子は宗教なんてモノにはすがりはしないだろうしね……。」
童磨さんがいう、"綺麗で強い"というのは心の事だと思うけど、本当に綺麗で強いなら、わたしはここにいない。ついてこない道を選んだと思う。
自分が今まで命をかけ人生を捧げた神事の神楽舞踊の躍り手であることさえ捨ててしまいかねる"人喰い鬼"を心に住まわせてしまった。
"恋は盲目"なんて誰かがいうけど、周りはちゃんと見えてる。見ようとしてる。
だけど、歯止めがきかなくて、執着心を煽われる"酒""麻薬"のよう。
溺れていることが心地よいと思ってしまう。
恋患いのひとつなのかもしれない。
わたしは弱い。この鬼が殺めてきた人たちと何の変わりもない。
人間の側からすれば、わたしは"人喰い鬼"と戯れる神経異常者に写るだろう。
見る人が違えば、同じ人でも別人に見えるもの。
確固たる自分は自分の中でしか存在しない。
いつか、わたしが自分を見失えば、童磨さんは愛想つかしてわたしを狩ることもあるだろう。
それでも、今わたしと繋いでる手は、わたしの全部を肯定してくれるように暖かく包んでいた。
"今だけ"
そんな言葉を繰り返す度に深みにはまることを知ってる。
彼の術や誤魔化しではない暖かさに抗う"心の力"はもうなかった。