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極楽浄土【鬼滅の刃/童磨】

第15章 隠蓮慕



二本買い、一つは菖蒲に差し出した。

「童磨さん?」

「いただきまーす」

躊躇いなくそれを口に放り込む。 舌に乗った瞬間、強烈な異臭と泥を啜ったような不快感が脳髄を走った。
生理的な拒絶反応。だが、俺の肉体は優秀だ。吐き気などおくびにも出さず、喉の奥へとねじ込む。

ニッコリと、今日一番の笑顔を作った。

「ん〜! 甘くて美味しいねぇ! やっぱりお祭りはこうでなくちゃ」

さあ、どうだ? 鬼の俺が人間の真似事をして、毒にも等しいそれを笑顔で喰らったんだ。
「大丈夫ですか!?」と慌てるかな? それとも「凄いですね」と目を丸くするかな?

期待して横目で彼女を覗き込む。

けれど。 菖蒲は、一瞬驚いたような目をしたが、笑いもしない。

ただ、静かに俺の手首を掴み、二つ目を口に運ぼうとする動きを止めた。

「……童磨さん」

その瞳は、なぜだかひどく痛ましげに揺れている。 まるで、迷子の子どもを見るような、怪我をした獣を撫でるような。

「美味しくないのを無理に笑わないで…」

「……え?」

「貴方様が無理をして笑うと……胸が痛みます」

スッと、彼女の指先が俺の唇の端についたタレを拭う。
俺の手を引いて、暗い建物の隙間に入ると、細い腕を止める間もなく傷つけて血を流し、口に押し当てる。

「酷い味のままでは、一緒に居る時間を楽しめません。
わたしは、童磨さんと出かけられるだけで幸せなのですよ」

泥の味しかしない口内に、彼女の血の味と体温だけが、広がる。
焼けるように熱い…。
どんどん、心地よい感覚に呑み込まれてしまいそうな…

______あぁ、これだ

つまらない。 せっかくの演技を見破るなんて、本当に可愛げのない子だ。

なのに、どうしてだろう。 先ほどの泥の味が、急にどうでもよくなるくらい、心臓がうるさく鳴り始めたのは。


何事もなかったかのように自らを俺のために傷つけ
何事もなかったように自分で傷口を止血する。


そしてまた、あの全てを包み込むような視線を俺に向けている。


無性に惹かれるのはこういう事だろうか。


気付けば菖蒲の口元に触れるだけの口づけをして
足りない心地よい体温を補うような錯覚に

匂いに

浸っていたいと思っていた。
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