第13章 花戯れ
外は夕暮れ。
もうすぐ、夜が訪れる。
絵画のように切り取られた庭を、日の当たらない場所でぼんやりと眺めていた。
「失礼します」
菖蒲の声。すぐに入室を歓迎する。
「おいで」
一礼して、部屋に入る足音は、すぐ俺の後ろで止まり、そこで膝をついた。
「お見送りしてまいりました。まだ、こちらのお部屋にいらしたのですね」
横になったまま、菖蒲に背を向けたままで、心地よい声に聞き入る。
どこか暖かいものを感じたまま見る。
いつもと変わらぬ部屋の景色なのに、鮮やかに美しく見えてしまう事が不思議だと思ったから。
「先ほどはありがとうございました」
「俺も、菖蒲ちゃんを大切にしている人たちに受け入れてもらわなければいけなかったからね。
ちょっとは人間のように頑張ってみたよ」
どこか人間の子供がたしなむような『ままごと染みたこと』も、苦にならなかったのはそれが人間である菖蒲にとってとても大事な事であるとわかっていたからやっただけ。
配慮が足りなかったかな?
少し、表情が寂しそうになる。
「無理をさせてしまいましたか?」
「いや、凄く楽しかったかな…。」
これも『嘘ではない』感想。
捉える幅が広いから使っただけの言葉だ。
少しは安心してくれたかな?
婚姻することは望まない。
それは人間と鬼、神仏を祭る身分の者と教団の教祖である二人の最後の隔てる壁として互いを尊重するうえで残したもの。
一種の『超えないと決めた壁』の奥を覗いたような体験は
それだけで至極の極楽を垣間見た気分だった。
「でも、これで菖蒲ちゃんは、本当にここで過ごしてくれることになったんだね」
横になったまま、仰向けになり、後ろに座っていた菖蒲を見上げた。
感嘆に浸る思いで菖蒲の頬へと手を伸ばす。
「あれ…」
頬に触れた瞬間に閃いた。
これは…
「そういえば菖蒲を下から見たことってなかったなぁ」
自然に目が細まるのと同時にどこか胸の内が暖かくなる。
「そうですか?」
不思議そうに、でもどこか楽しそうにする菖蒲がこの上なく可愛らしい。