第12章 帰還と安穏
そんなわたしを察してか、松乃さんは
「病は気からです。どんなに下を向いても命はあるのですから、皆さんでゆっくり良い方向を探してまいりましょう」
と仰るの。
「また、静代様もお見舞いに来られると仰っておりましたし、少しずつ話していきましょう」
「松乃は、いつでも菖蒲様の味方ですから」
と。
1週間も経てば、意識がはっきりするようになり、お医者様からも移動の許可が下りた。
奇跡的な速さだとは言うけれど、寝る必要がない童磨さんが始終傍にいて、彼の観察眼なのか咳や熱で苦しくなれば、冷やしてくださったりと、献身的だったことが回復を早めていたと思う。
もちろん、部屋に他の方を入れないようにしていた松乃さんは知っているのだろうけど…。
その夜に、童磨さんは一人先に寺院へ帰られた。
わたしの看病をずっとこちらでしていた期間
きっと誰も…。
だから、そのためなんだと思う。
どうやら、童磨さんがこれからもずっとわたしが完治するまでお側に居てくださることになっている。
その間に、師範はこれからの神楽舞踊について、色々動くのだそう。
「菖蒲様。お粥、お持ちいたしました」
「ありがとうございます。松乃さん」
味なんて解らない。
ただ、ここにいるべきではないのに何もかもが思いどおりにいかなくて…。
考え事をしていても、松乃さんから窘められる。
「あなたが下を向いてしまってはいけません。
あなたを助けようとした方々を否定していることと同義ですよ」
と。
ひとつだけ、ハッキリしたいことを聞いてみる。
「松乃さん、わたしのために、手を汚したのではないですか?」
「いいえ。わたしのしくじりに対するけじめです。
わたしが、過去にしくじりを起こさなければ、あなたは苦しい思いをすることがなかったはずだから…」
そういわれてみて、はじめて、師範から聞かされた華雅流の過去と以前聞かされた松乃さんが極楽教の寺院へ来た経緯が重なった。
「もしかして、あなたは…」
松乃さんはただ静かに、母のような眼差しでわたしに微笑んだ。
「そして、童磨様は『終わらせなければならないもの』に片を付けてくださったに過ぎません。
あそこはもう、巨木に新芽と新しい根を生やして支えきれるものではなかった。
ただそれだけなのです」