第12章 帰還と安穏
童磨は返事を返すことなく、引き寄せられるかの如く無言でその部屋に入っていった。
戸を引けば、そこには分厚い毛布が小さな山を作っている。
更に近づくと、そこには
もう会うことは叶わないと思っていた女の姿
信徒の女たちは松乃を残して静かに一礼し、部屋を後にする。
松乃が用意させたのだろう、幾重にも重ねられた厚い布団の中に、彼女はいた。
その眠る顔は高熱で紅潮し、呼吸は浅く早い。
肌には、過酷な監禁生活の痕跡が残っていたが、松乃と寺院の女性たちが、丁寧に清潔な着物に着替えさせ、手当てを施したことが見て取れた。
胸に湧き上がるざわざわしたもの抑える注意がふっと無意識に薄れた。
その瞳は、再会の喜びと、彼女の痛々しい姿への激しい怒りと不安が混ざり合った感情を映し出す。
「……菖蒲」
童磨の口から、掠れた吐息のような声が漏れた。いつもの営業用の笑顔は完全に消え失せ、彼の顔には純粋な感情が浮かび上がった。
彼は、一歩、また一歩と、まるで脆いガラスに触れるかのように慎重に歩み寄り、菖蒲の傍に膝をついた。
「逢いたかったよ、菖蒲…。こんなに、こんなに、痩せ細って……」
童磨の手が、菖蒲の細い手首に伸ばされた。
接触の瞬間、再会の歓喜と、彼女が耐えた苦痛への激しい怒りが無意識に内側で爆発する。
童磨の周りの空気が、一瞬冷気を放っては僅かに増幅する
松乃は、すぐに進み出た。
「童磨様。冷気が溢れております。お気を静めてください」
松乃の冷静な諫言に、童磨の瞳が松乃に向けられる。
しかし、童磨はすぐに視線を菖蒲に戻した。
「ああ……そうか。そうだったね。
この感情は制御しなければ…。菖蒲を傷つけてしまうね」
童磨は、溢れ出す怒りの激情を押し殺すように、深く息を吸い込んだ。彼の表情から、動揺が嘘のように消え、普段の虚無の笑顔に戻った。
しかし、彼の瞳は、先ほどまでの冷酷さとは違う、切実な感情の熱を帯びている。
「大丈夫だよ、松乃。
しばらく、二人にしてはくれないかい?」
「......畏まりました」
童磨の感情の嵐が収束し、
満たされた感情へと戻ったことを察した。
松乃は目元を静かに袖でぬぐい、静かに一礼して部屋を去っていった。