第12章 帰還と安穏
唐津山とて10年以上はこの寺院に在籍している人間である。
そして、松乃に次ぐ最高幹部として近くにいるこの男も童磨の事をよく理解していた。
しかし、そんな唐津山でも経験したことがないような出来事が目の前で起きている。
童磨の周囲の冷気が、カチカチと音を立てて強まっていくのだ。
それは、今、目の前の童磨が起こしている現象は彼の動揺や苛立ちといった、人間的な感情が人外の力として表出したもの。
「童磨様。その冷気の溢れ、お気を付けくださいませ。
菖蒲様は死の境を彷徨う危険な状況です。
そのように冷気を溢れさせてしまったまま接しますと、
菖蒲様のご容態を悪化させてしまうやもしれません」
冷静に怯えることなく毅然と言い放てるのは、己の主である童磨を思っての事。
その冷静な指摘を予想外だったかのように、童磨はほんの一瞬、その虹色の瞳を見開いた。
「唐津山。俺は、彼女を救うために、汚れた因果を断ち切ってきたんだ。
なのに、俺の『彼女のための制御しきれない感情』が、彼女の命を保証できないとは…。
なんて皮肉なことだろうね…
前は、あの子といて感じた激情でこんなことになることはなかったというのに…」
自分自身に対し嘲笑するように笑みを浮かべる。
それは、唐津山から見ても”菖蒲に対して溢れた感情”の一つなのだと思った。
「一つ、私の考えを申してもよろしいでしょうか」
「ん?なんだい?」
唐津山は、冷静に言葉を選んだ。
「激情といえど、人を殺したくなるほどの制御不能な怒りや憤怒で能力が暴走してしまうだけではないでしょうか」
その言葉は、童磨の「感情の観察」という課題の答えにつながった。
「……なるほど。愛の激情と、怒りの激情は、出力が違うと?」
童磨は、初めて答えを得た子供のように、満足げな笑みを浮かべた。
「それじゃぁ、あの男を思い出してしまう事を避ければよいということだね」
「おそらくそうだと存じます」
一つ、重要な懸念材料がなくなったからか、安心したように微笑んだ。
「ありがとう、唐津山。君も、松乃も、よくやってくれた。寺院の事は、しばらく君に任せるよ」
「教祖様、どちらへ?」
立ち上がり、唐津山に背を向ける童磨に尋ねる。