第11章 浄土と氷獄
童磨の周りに、一瞬にして、蓮の葉を模した氷の結晶が咲き乱れる。
薄く、透明でありながらもそれは、触れるものを瞬時に凍らせるほどの冷気を放っていた。
「感情と言う感情全て無縁だった俺の
長い長い長い人生で、
初めてここまで怒らせたんだ…。
せっかくだ…
もっと君の地獄を
残酷に彩ってやらねばいけないね…」
「ひぃや、めろ……あや、めろ……!」
命乞いをする鶴之丞の表情を目を見開いたままの残酷な笑みで見下ろした。
「血鬼術・蔓蓮華」
足元からパキパキパキと鶴之丞の身体を這うように氷が成長し、その体を包んでは蓮の花を咲かせていく。
「や…め……」
「君の愛した菖蒲はね、
もう「彼女が本来いるべきだった浄土」へと
帰っていったよ…」
「君の元には二度と戻らない…!」
童磨の言葉が、鶴之丞の耳に届いたのは
彼の頸に蓮の蔓が巻きつきかかろうとする刹那。
菖蒲という標的を失ったという事実が、
彼の恐怖と絶望を頂点へと押し上げた。
最後のバキっと冷たく鋭い音が部屋に響く。
その音とともに鶴之丞は、美しい氷の蓮の彫刻と化して、その場に固まった。
その顔には、醜い恐怖と最後の絶望の表情が刻み込まれていた。
童磨は、満足そうに一瞥すると、静かに居間を出た。
そして、外で静かに屋敷を包囲している『蔓蓮華』の冷気に、更なる力を注ぎ込む。
童磨は、空を見上げ、微笑んだ。
「これが、俺が菖蒲にしてあげられる、最高の愛の贈り物だよ…」
童磨は、鉄扇を両手に優雅に広げた。
「血鬼術・冬ざれ氷柱」
次の瞬間、華雅屋敷の屋根を突き破り、
巨大な氷の柱が、天を衝くように出現した。
屋敷の構造を内側から完全に破壊し、
流派の象徴たる建物を、
一瞬にして氷の瓦礫へと変えていく。
静代の丑の刻参りで仕立てた呪いにより立ち上った「白い靄」は
この巨大な氷の血鬼術が放つ冷気によって
さらに濃く、広く、夜空を覆い尽くしていた。