第11章 浄土と氷獄
白い靄が濃く立ち込めるそこは、鶴之丞の屋敷で
門の内側は母屋を取り囲むように『蔓蓮華』が静かに張り巡らされていた。
まさにそこは、その場にいれば数分で凍死は確実なほどの冷気で、その血鬼術を放つ主は母屋に音もたてず侵入している。
サラサラサラ…
サラサラサラ…
異様な寒さと枕元の砂の音に鶴之丞は飛び起きた。
「ひぃっ!…いぃっ!」
さらに己の枕元に鎮座する男はニコニコと笑みを浮かべているものの、放つ気は殺気に満ちている。
「やぁやぁ…お目覚めのようだね。
今宵は満月が見えず、残念だ…」
男の手からは、粉砂糖ような微粒子の氷が、溶けることなく砂のような音を立ててその手から落ちている。
それを掬っては流し掬っては流しと弄んでいる。
「お…ぅぅ…ぅお前は!!」
鶴之丞の顔は、昨夜の酒のせいで血色が悪い上に、極度の恐怖で白蠟のように変色していた。
目の前の男の次の言葉は、二十数年前の絶望的な悪夢の再来を告げる。
「鶴之条といったね?君。
俺が殺した男と瓜二つだ。
その目つき、その引きつった表情…。
俺はしっかり覚えているよ…」
鶴之条は目を見開き浅い息のまま、手を震わせた。
その視線は、童磨の虹色の瞳を捉えることができない。
それは、過去の悲劇を思い出すことへの、本能的な拒否である。
「お…鬼ぃっ…!!」
鶴之丞は、這うようにして後ずさる。
彼の狂気と執着の根源は、まさに目の前の「鬼」に対する、拭い去れない恐怖。
童磨は、その醜い恐怖の表情を見て、面白そうに笑った。その笑みには、一切の慈悲がない。
「そうさ。人ならざる鬼。そして君の父上、先々代の華雅殿を救済してあげたのは、この俺だ。
君も、父上と同じ『恐怖』という名の浄土へ、今から送ってあげる」
「ぃゃ…だ、あぁ…ぁぁ…」
「何をそんなに怯えているんだい?心当たりはあるはずだぜ?今年の元旦、俺はしっかり警告したからね…」
「君はそれを無視したんだよ…」
ガタガタと震える鶴之丞を差し置いて、童磨は優雅に立ち上がった。そして、居間に飾られた華雅流の代々の家元の肖像画を一瞥しながら部屋をゆっくりと歩き回る。
「君の父上は、松乃という美しい女性を追い詰めた。そして君は、菖蒲を追い詰めた。
華雅流とは、美しい花を、踏みにじって楽しむ、醜い連中のことかな?」