第11章 浄土と氷獄
童磨は満足げに、しかし感情の読めない笑みを浮かべた。
「ああ、頼むよ。そして、松乃。鶴之丞の始末は、俺がする。菖蒲を連れ出した後、あの男の汚れた屋敷と、その因果は、二度と残らないようにしてあげよう。
それが、俺が”本来の姿”で唯一あの子にしてあげられることだと思うからね…」
「はい…」
松乃が童磨から「絶対的な責務」を託されたその夜、雪雲が厚く垂れ込め、月明かりのない闇が世界を覆っていた。
鶴之丞の屋敷もまた、その闇の中に一層重暗い気を纏っているかのような静けさを纏っている。
午後九時。普段なら鶴之丞が帳簿の確認や稽古の様子を厳しく監視している時間だが、ここ数ヶ月は菖蒲の監禁と自身の心労により、屋敷の静寂は一層深まっていた。
松乃は、実田から受け取った屋敷周辺の図面と、おふみとの連絡手段のメモを懐に抱え、山を下りた。彼女が選んだ場所は、屋敷の裏手、隣家の垣根と竹林の境にある、小さな石仏の陰だった。
松乃が石仏の傍で静かに待つことしばし。竹林の奥から、枯れ葉を踏まないように細心の注意を払う、微かな影がこちらに近づいてくる。
闇に溶け込むように現れたのは、菖蒲付きの使用人、おふみだった。彼女の顔は、昨日の実田の訪問時よりもさらにやつれ、寒さではなく極度の緊張で震えていた。
「実田様から聞き及んでまいりました。松乃と申します」
「あなたは……」
おふみは、松乃の顔を思い出したようで、安堵と恐怖の入り混じった表情で、か細い声を漏らした。
「おふみさん、よく来てくれました。時間がない。私たちがここにいるのは、せいぜい五刻が限界です。全てを正確に話してください」
松乃の声は、低く、しかし驚くほど穏やかで、おふみの恐怖を鎮めるようだった。
「はい……。奥様は、相変わらずあの蔵におります。昨日の実田様の訪問後、旦那様は機嫌をさらに悪くし、蔵の戸に太い閂をかけ、二重に鍵をかけました。戸の前には、番人代わりの使用人二人を夜通し立たせています」
松乃の目元が険しくなる。
閂と二重鍵、そして番人。鶴之丞は、実田の訪問により、菖蒲への執着と猜疑心を一層強めていたのだ。