第10章 凍土の胎動
「ありがとうございます。
あの子が、あなたとの別れを決めた際の張り詰めた顔をはっきり覚えております。それほどに、あなたの事を愛していたでしょうし、あなたも人並み以上にあの子の事を大切に思ってくださったのだと感じています。
菖蒲の意思で、あなたの下に居たいというならば、それを支えてあげたいと思っております」
一瞬、こちらをじっと見ている目に、鮮やかな何かが宿ったのを悟った。
それはよく知り、己も感じてきたような”人間らしい喜びの反応”
表情が柔らかくなり、質問を続ける。
「二つ目。華雅流はどうするのかな?
これは菖蒲のための質問だよ」
人の命なぞ、簡単につぶしてしまえるほどの存在が、菖蒲を好いて大事にしてくれていたのは、静代も大切にしていた彼女の『誇り』『志』を貫いて生きていく姿勢だったのかもしれない。
そう思えばなお、この者がただの『恐るべき者』ではなくなる。
そして、見た目は菖蒲と同じ年頃でも、長い年月姿かたちを変えず、恐らく自分よりも長く生きている存在であろう目の前の者は、自分たちが生きているこの界隈の事も人のしがらみも、理解せずとも見聞きはしているのだろう。
「まだ、以前から頭の片隅で考えていたことではありますが、華雅流は一度流派を閉じるべきと考えております。
そして、20年前の事と今回の事をしっかり反省し、今後皆が幸せに心から舞えるような流派をわたしどもと肩を並べます高弟たちと共に新しいものに変えるためにわたしが責任をもって話を進めたいと考えております」
「それを聞いて安心したよ」
童磨が菖蒲の危機的情報を耳にして無意識に溢れていた仮面で隠せない異質は、静代から返される返答によって徐々に静まっていた。
童磨は立ち上がり、今度は静代と実田の間に座り直した。
企みを含んだ笑み。二人にだけ口元が見えるように鉄扇で隠す。
「じゃぁ、これが二人に対して最後の質問だよ」
再び、暗く深い闇の気を放ち、二人向けて問う。
「俺に頼むということは、鶴之丞殿の命も屋敷も全て残らないということだ」
「この件も、20年前のその話も、全ての真相は永遠にこの部屋にいる者しか知らない。
それぞれが、墓に入るまで口を割ってはいけないよ。
それでいいかな?」