第10章 凍土の胎動
「静代殿」
「はい…」
動揺を隠せない様子の静代に、実田は静かに落ち着いた様子で話しかける。
「鶴之丞殿の元に嫁がれる際、菖蒲さんは変わった様子はなかったかな?」
「えっ…」
静代は、その問いにハッと息をのんだ。
以前から菖蒲には想い人がいることと、その男の周囲にいる者から大事に接してもらっていると聞いていた。
しかし、名前を聞いても首を振るだけ。
決まって、あの子は心配をかけないように振る舞う子だった。
言えないのであれば、
幸せそうにしている様子であれば、何も口を出さないようにはしていたけれど…
______まさか、あの時の”想い人”って……
実田は、さらに静代が安心できるよう話して聞かせた。
「わたしが言えるのは、あの御方は、菖蒲さんのこととなると、少々人の道理を外れるほどに好意的な反応を見せるということだよ」
静代は、予想外の言葉を聞いて顔を上げ、実田の話に耳を傾ける。
「以前、蓄音機を贈ったことがあったが、こちらが恐縮するほどの歓待を受けましてね。
彼の行動原理は読めないが、付き人のような方も菖蒲さんを大事に思われているご様子だったよ。
あの様子から、これ以上菖蒲さんを苦しめないという点においては、彼が最も確実だと思うがね…」
そういえば、もう少し遡ると、以前菖蒲が世話になった旅館のお喋りな女将が顔を赤くして「素敵な方に危ないところを助けてもらったみたいで、菖蒲ちゃんをうちに連れてきてくれたのよ」と話していたことを思い出す。
その時の女将の話では、その男性は「とんでもなく美しい、まるで極楽浄土から来た神様のような方」であり、静代は「どうせ女将の誇張だろう」と深くは気に留めていなかった。
その時、女将が言っていた人物を誇張していると思った特徴が…
「その方の髪色と目の特徴は…」
「白橡色の長い髪で虹色の目をしています」
「そう…でしたか…」
心当たりがあるような静代の様子に、これは核心に至ってもいいのではと判断した。
「お話を戻してもいいでしょうか?」
「はい」